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Date: 5月 20th, 2010
Cate: 2010年5月, OldDiary
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大切な人。

吉岡治先生が亡くなって数日が経ち、いろんな事を思い出したり
本当は夢なのではないかと現実逃避してみたり。さいはて岬の歌詞のように「帰ってきませんか・・・」と
呼びかけると いつの日か帰ってきてくれるのでは・・・なんて
考えてみたり。吉岡先生は 最初、私のさいはて岬を聞いて
「それじゃ~、俺は帰らないよ~クミ。もっと帰りたくなるような
唄い方してくれないと」と 話されました。
でももう今はどんなに想いを込めても先生は帰ってこない・・・。淋しい。
デビュー曲「雪花火」のレコーディングで初めて先生と出会い、
しばらくしてファーストコンサート。なんとこのコンサートで私は 幕が開いた途端に感動して泣き、
会場に知り合いを見つけては泣き、先生がサプライズゲストで来て下さって
嬉しくて泣き、プレゼントを戴いて泣き、エンディングで泣き・・・。
終了後の打ち上げで吉岡先生に「こんなに最初から最後まで泣いている歌手は
初めてみたよ~」と笑われたのでした。間もなく先生主催の”小豆島演歌ルネッサンス”に出場。
初めて出場した私はカチコチでさっぱりダメでした。
翌年再チャレンジした演歌ルネッサンスでグランプリを頂き
また翌年の演歌ルネッサンスにはゲストとして参加、そして
その頃HNKのコンテストでもグランプリを頂き紅白に出場。
その後は最後の演歌ルネッサンスにも
過去の出演者が集合するということで参加し
「クミくらいこのイベントに出ている歌手は居ないなぁ~。
演歌ルネッサンス出場歌手から紅白出場も叶った」と先生は
とても喜んで下さっていました。私が休養することでもとても親身になって話を聞いて下さり
復帰して間もなく先生の別荘(軽井沢)に行くと
「近くに陶芸工房があるから行ってみるといい。」
と ご自身も体調が悪いにも拘らず一緒に工房に来て下さって。いっぱいいっぱい思い出がある・・・。
私の原点を作って下さった先生が
こうして居なくなるというのは本当に淋しい。
誰もいつかは命に終わりが来るけれど 大切な人にはいついつまでも
生きていてほしい。
「しっかり頑張れよ!」とでも言うように 沢山の歌を私にも残して
くれた・・・。 きっとその歌たちを唄うたびに先生の顔を思い出し、
言葉を思い出し、思い出を振り返り、ず~っと心の中で生き続けるんだな・・・。
「凛と咲け 一期一会の冬薔薇(ふゆそうび)」
ファーストコンサートで先生が下さった ウタ。
今でも覚えている。
強くなれるおまじないみたいに。